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菊丸さんのしあわせ妊娠生活
3週間の妊娠生活

初診、不安な2週間

2004年1月13日、車で10分弱ほどの場所にある産婦人科(医師が5名ほどいる個人病院)に半休を取って行きました。県内でも割と有名な病院なので、患者(妊婦)も多く、それだけに待ち時間も長かったです。

内診が始まると、先生はいきなり「妊娠しているようなんだけど、(受精卵が)変な形だねぇ」と私に言いました。すぐに「おめでとう」と言われないのは知っていましたが、予想もしなかった言葉に、「もしかしてダメなのかな?」と不安な気持ちに襲われました。2週間後に来院するように言われ、その日は病院を後にしました。

次に病院に行くまでの2週間、流産の不安を打ち消そうと、妊娠・出産に関する本や、その類のサイトを読みあさりました。そのほとんどに「流産の確率は10〜15%」と書かれていたので、「流産の確率はたったの10〜15%だから、私はきっと大丈夫」などと根拠のない自信を持ちました。というより、持つようにしました。そして、楽しいことばかり考えました。そうでもしなきゃ、2週間、自分自身が持たなかったのです。



不安的中

2週間後、ドキドキしながら内診を受けました。開口一番「育ってないね」とのこと。先生(前と同じ)ははっきり言わないものの、モニターを見れば、それが何を意味するかすぐにわかりました。

内診後、先生の机の前に座ると、カルテには「枯死卵」の3文字が。
2週間、ずっと不安に思っていた「流産」という現実を突きつけられ、心臓が凍りつく思いがしました。それでも何とか平静を装っていましたが、先生の「処置(=手術)しますか?」の問いに「いえ、もうしばらく様子を見させてください」と言うのが精一杯。「それでは、しばらく様子を見て、もし自然に流れなかったら処置しましょう。やがて生理のような出血があると思いますが、それが普通なので心配しないでください。次は1週間後に来てください」と、淡々と、事務的に言われました。

病院からの帰りは涙をこらえるのに必死で、どのように運転して家に着いたのか覚えていません。家に着き、仕事中の夫に「ダメだったよ」と電話をかけ、それからはずっと泣いていました。
出血はその日の夜から始まり、5日後、生理痛の何倍もの痛み(立っていられないぐらい)が度々私を襲いました。そしてその夜、トイレで大出血とともに何かの塊が出て行く感覚があり、そのとき「妊婦生活が終わった」と、なぜか冷静にそう思いました。
最初の妊娠は、妊娠に気づいてわずか3週間で、こうして幕を閉じたのです。