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菊丸さんのしあわせ妊娠生活
流産してから・・・

流産後の通院終わり

私の体から「何かの塊」が出て行って2日後、受診日のため3度目の通院。やはり前はあった「変な形」のモノはなくなっていましたが、妊娠で出来たものが完全に外には出ていないとのことで、2週間後再診。2週間後の受診では子宮内はきれいになっていたので、2月中旬、この妊娠での通院は終わりました。
流産後は、待合室にいることがとても辛く、また惨めでした。
大きなお腹の人はみな誇らしげに見え、妬ましく思えました。




希望から渇望へ

流産をしてからというもの、喪失感も手伝って、「子どもが欲しい」という気持ちが「希望」から「渇望」に変わりました。先生には生理が1回来たら妊娠OKと言われたので、生理が再開し(流産後1ヶ月半)、終わってすぐの排卵日付近から子作りを再開しました。ですが、夫は「眠い」「疲れた」などの理由で協力してくれないときも度々ありました。
私は生理周期が約35日と長いため、年間トータルでのチャンスは一般的な人(28日前後の周期の人)に比べて少なく、「ただでさえ長い周期に数日しかないチャンスを無駄にするなんて!私だって毎日残業して疲れてるんだ!」と思い、夫を罵倒したりもしました。
今考えるとひどい妻です。




流産してから変わったこと、わかったこと

流産し、再度妊娠するまで、友人や親戚からの妊娠・出産報告に、心から「おめでとう」と言えなくなりました。また、子どもやお腹の大きい人を見るととても辛く、かわいいはずの姪っ子ですら、しばらくの間、抱っこすることも直視することもできなくなりました。
そして、子どもは「できる」のではなく「授かる」ということを、身をもって知りました。また、子どもを授かり、それをお腹の中で育て、無事に出産するということは、奇跡の連続なんだな、とつくづく思いました。




励まし・慰めの言葉はかえって傷つく

私が流産したことを知った人は、一様に「若いんだからまた出来る」「また頑張れ」など、私を励まそう、慰めようとしてくれました。気持ちはとてもありがたかったのですが、何一つ心に響きませんでした。
一番辛かった言葉は、職場の先輩(1児の母)に言われた「子どもは親を選んでやってくるっていうよ。今回は縁がなかったんだよ」でした。先輩は、結婚後なかなか子どもが授からず、不妊治療も経験したので、その言葉には実感がこもっていたし、私を慰めているのはわかるのですが、「流産した人に何も鞭打つことはないでしょう」と思いました。

また、母はなかなか立ち直れない私を心配し、何度も電話をかけてきてくれましたが、「いつまでメソメソしてるのよ」と言われてとても腹が立ち、しばらく距離を置きました。
よっぽど、放っておいてくれたほうがよかったです。
ハッパをかけるのは、一番よくないと思います。
(ちなみに、遠方の義両親には妊娠したことを話していませんでした。)

「大変だったね」「辛かったね」だけで十分ではなかったかと、私はそう思いました。