| 流産してから・・・ |
● 流産後の通院終わり
私の体から「何かの塊」が出て行って2日後、受診日のため3度目の通院。やはり前はあった「変な形」のモノはなくなっていましたが、妊娠で出来たものが完全に外には出ていないとのことで、2週間後再診。2週間後の受診では子宮内はきれいになっていたので、2月中旬、この妊娠での通院は終わりました。
流産後は、待合室にいることがとても辛く、また惨めでした。
大きなお腹の人はみな誇らしげに見え、妬ましく思えました。
● 希望から渇望へ
流産をしてからというもの、喪失感も手伝って、「子どもが欲しい」という気持ちが「希望」から「渇望」に変わりました。先生には生理が1回来たら妊娠OKと言われたので、生理が再開し(流産後1ヶ月半)、終わってすぐの排卵日付近から子作りを再開しました。ですが、夫は「眠い」「疲れた」などの理由で協力してくれないときも度々ありました。
私は生理周期が約35日と長いため、年間トータルでのチャンスは一般的な人(28日前後の周期の人)に比べて少なく、「ただでさえ長い周期に数日しかないチャンスを無駄にするなんて!私だって毎日残業して疲れてるんだ!」と思い、夫を罵倒したりもしました。
今考えるとひどい妻です。
● 流産してから変わったこと、わかったこと
流産し、再度妊娠するまで、友人や親戚からの妊娠・出産報告に、心から「おめでとう」と言えなくなりました。また、子どもやお腹の大きい人を見るととても辛く、かわいいはずの姪っ子ですら、しばらくの間、抱っこすることも直視することもできなくなりました。
そして、子どもは「できる」のではなく「授かる」ということを、身をもって知りました。また、子どもを授かり、それをお腹の中で育て、無事に出産するということは、奇跡の連続なんだな、とつくづく思いました。
● 励まし・慰めの言葉はかえって傷つく
私が流産したことを知った人は、一様に「若いんだからまた出来る」「また頑張れ」など、私を励まそう、慰めようとしてくれました。気持ちはとてもありがたかったのですが、何一つ心に響きませんでした。
一番辛かった言葉は、職場の先輩(1児の母)に言われた「子どもは親を選んでやってくるっていうよ。今回は縁がなかったんだよ」でした。先輩は、結婚後なかなか子どもが授からず、不妊治療も経験したので、その言葉には実感がこもっていたし、私を慰めているのはわかるのですが、「流産した人に何も鞭打つことはないでしょう」と思いました。
また、母はなかなか立ち直れない私を心配し、何度も電話をかけてきてくれましたが、「いつまでメソメソしてるのよ」と言われてとても腹が立ち、しばらく距離を置きました。
よっぽど、放っておいてくれたほうがよかったです。
ハッパをかけるのは、一番よくないと思います。
(ちなみに、遠方の義両親には妊娠したことを話していませんでした。)
「大変だったね」「辛かったね」だけで十分ではなかったかと、私はそう思いました。
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| 菊丸さんの妊娠生活 |
| 01 ) 最初の妊娠 |
| 02 ) 3週間の妊娠生活 |
| 03 ) 流産してから・・・ |
| 04 ) 再度、妊娠 |
| 05 ) 妊娠2か月 産院選び |
| 06 ) 妊娠2か月 上司へ報告 |
| 2006/1/24 UP |
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| 菊丸さんのプロフィール |
・ 年齢: 30歳
・ 家族構成: 夫
・ 住まい: 沖縄県
・ 妊娠経験 :初産
・ 出産予定日: 2005/5/5
・ 簡単な自己紹介
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流産、度重なるトラブルを乗り越えてやっと出産までこぎつけることが出来ました。
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【管理人より】
菊丸さんは現在すでにご出産されていらっしゃいますが、最初の妊娠から順を追ってレポートを書いていただいております。
【菊丸さんより】
2005年5月10日、3,038gの女の子を出産しました。現在は子育てに奮闘中で、楽しいことばかりではありませんが、まるで天使のような娘の寝顔を見ていると癒されますし、夜、親子3人で川の字になって寝るときは幸せを感じます。
このように、我が家に幸せを運んできてくれた娘ですが、娘を出産するまでの道のりは決して平坦なものではなく、トラブルの連続でした。私の妊婦生活は少し特異なものでしたが、私の体験が、現在同じような境遇にある方には少しでも励みになれば、そうでない方にも少しでも参考になればと思います。
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