読者投稿の出産体験談 
【出産!私の場合】



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まんまるぽん太さんの出産

「まんまるぽん太」と申します。
2005年4月11日に女の子を出産しました。
今回は、私の出産体験談の書かせて
いただきます。出産に際しては、私は富山の
実家に里帰りしており、主人は徳島の自宅で
待機していました。
*******

出産予定日は4月10日、2,3日前から前駆陣痛があり、10日当日の朝にはおしるしがありました。予定日ぴったりに生まれてくるのでは、と実家のみんなで盛り上がりましたが、前駆陣痛は時々あるものの何事もなく、そのまま夜になりました。夜の11時ごろ、帰省していた弟と私を残して、両親は床に就きました。

弟と二人で話をしたりしていると、だんだんと陣痛らしき痛みが強くなってきました。でもまだ間隔はばらばらで、だいたい15分〜20分くらいの間隔でした。

深夜12時半ごろ、二人とも自室に入り、私は陣痛が今までのように消えていかないので、徳島の自宅で待っている主人に電話をしました。初産婦の場合、陣痛が始まってからだいたい12時間ほど出産までにかかると聞いていたので、病院に行くことになったらもう一度連絡すると夫に伝えて電話を切りました。できれば立会い出産をしたいと希望していたので、陣痛開始が確定したらすぐに来てもらうつもりだったのです。

この頃には結構痛みが強くなってきていて、痛いときはずっと腰をさすっているような状態でした。それでもまだ普通に歩いたり話したりする余裕はありました。

1時半ごろ、間隔が10分くらいになってきたので、母親を起こしました。
病院に電話してみると、家が病院まで近かったことと、初産婦だったため、
「待てるようならもう1時間待ってみて」と言われ、待機することになりました。
痛みは右の腰がずきずきするような感じ。「痛みの波がくると思わず息を止めてしまう」と看護士さんに言うと、「止めないで息を吐くようにして」と言われました。
待ちながら入院の最終的な準備をしていましたが、この頃になると痛みがくるたびに立ち止まり、ひざをついて腰をさすりながら痛みを逃すような感じでした。

3時ごろ、もう一度電話するとまたさらに1時間待ってみるように言われました。
痛みの間隔は8分くらい。母親に腰をさすってもらうと楽になるので、痛いときはお願いしていました。お産は時間がかかるし、体力勝負だからしっかり食べてから臨んだ方がいいと先輩ママさんに聞いていたので、母親にお茶漬けを作ってもらいました。けれど、食べている最中にも痛みの波がどんどん来るので、だんだん気分が悪くなってきて結局全部食べられませんでした。


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4時頃、もう一度電話しました。この頃にはかなり痛みが強くなっていて、電話している最中に痛みの波が来てしゃべれなくなったらどうしようと思っていました。腰をがんがん叩かれているような痛みで、間隔は6〜7分くらいです。
応対の看護士さんには、次は陣痛の間隔が5分になるか、7時ごろになったら電話をくださいと言われました。自分ではかなり痛いような気がしていたので、家にいていいものなのかちょっと不安でしたが、何しろ初めてなので「きっと本番の陣痛はこんなものじゃないんだろう」と言い聞かせていました。
ずっと寝ていないので眠気も襲ってきていました。とりあえず自分の部屋で寝ながら間隔が短くなるのを待つことにしました。このころはまだ、かなり痛かったとはいえ、痛みのない時間には笑ったりする余裕がありました。

自室に入ってしばらくすると、だんだん痛みが尋常ではなくなってきました。
右の腰をハンマーで内側から打ちつけられているようです。気付くと右手でひっきりなしに腰をさすっていました。もうさするというよりごしごし押し付けるという感じで、打ち付けられている部分を無意識に元に戻そうと押し返しているような感じです。シムスの体位で寝ていたのですが、痛みがくるとのたうちまわるような感じで足をぐねぐね動かしていました。「泣きそう」と思いながら、小さな声で「痛い〜、痛い〜」とうなっていました。

一応陣痛の間には眠りに落ちていたみたいですが、痛みが来ると目が覚めました。そのうち、下着に何か溢れたような気がして、その後突然陣痛が頻繁に来るようになりました。間隔を計ってみると、2分になっていました。

痛みで動けなくなり、母親を呼んで、下着を確認するとかなり出血していました。
時間は5時過ぎ。息も絶え絶えという感じで病院に電話すると、やっと「来てください」と言ってもらえました(かなり痛みが強く頻繁になってきていたので、自分でよく電話できたなぁと我ながら思いました)。歩くのもやっとで、痛みが来るとひざをついて耐え、よろよろしながら車に乗り込んで病院に向かいました。

車の中ではすでに間隔が2分を切っており、絶え間なく痛かったです。
ラマーズ法しかない、と思って必死にヒッ、ヒッ、フーとやっていました。
車の中で生まれるんじゃないかと思い、怖かったです。下に意識をやるといきんでしまいそうなので、ずっと外を見ていました。

6時ごろ病院についたものの、詰めの甘い私は夜間入り口を確認しておらず、
どこから入ったらいいかわかりません。幸い総合病院だったため、入院患者さんが朝の散歩にたくさん出ておられました。患者さんに普通の入り口を開けてもらい、エレベーターの場所まで教えてもらいました。もう腰が痛くて痛くて、陣痛が来るとどこかにぐったりよりかかるか膝を付くかしないと耐えられませんでした。

やっとのことで処置室で内診をしてもらうと、「もう生まれそう」とのことでした。
痛みの間隔はたぶん1分を切っていたと思います。絶え間なくくる痛みでもうほとんど動けず、産むための服に着替えられなくて着替えさせてもらいました。

すぐに分娩室へ車椅子で連れて行かれ、分娩台へ。
この頃には、自分でも驚きましたが陣痛が来ると勝手に声が出て、大きな声で
うなっていました。「いきんでいいですよ」との声でいきみ始めましたが、なかなかうまくいきません。早く出てきて〜と思いながら、必死でいきんでいました。
目をつぶらないで、というのや、陣痛と陣痛の合間に力を抜いて、と言われるのが難しかったです。

3回か4回ほどいきんだころ、「発露(※赤ちゃんの頭が収縮時以外でも引っ込まなくなり、膣口から見える状態)です」と言われました。その後はもういきまなくていいと言われたのに思わずいきんでしまいましたが、ほどなく赤ちゃんが出て行く感じがしました。

すぐに大きな産声が聞こえ、「女の子です」と教えてもらいました。
産声が元気で、ほっとして、涙が出ました。赤ちゃんは黒っぽくてすごい顔で泣いていましたが、生まれた瞬間からものすごくかわいく感じました。

体を拭いてもらった後の赤ちゃんを、お腹の上に乗せてもらいました。
生まれたばかりなのに元気に体を動かしていて、足を突っ張って上に上にとあがってくるので、ちょっと驚きました。早くも私のお腹の上で大量にウンチをしてしまい、看護士さんに笑われてしまいました。

生まれてから2時間くらいそうしてお腹の上に乗せていて、ずっと頭をなでていました。とても幸せな時間でした。ついさっきまでお腹の中にいたのに、不思議な感じがしました。

結局、分娩所要時間は5時間48分で、分娩室に入ってからは20分くらいでした。
後から聞いてわかったのですが、その日は出産ラッシュで病院の方も大変だったらしく、それで長く家で待機するように言われたみたいです。間に合わなかったら、と思うと冷や汗ものでしたが、でも安産でラッキーでした。

なぜか一緒に来てくれた母親は別室で待機するように言われたので、一人で産むことになりました。あれよあれよという間に陣痛が早くなってしまったので主人にも連絡できず、「入院したら電話する」と言っていたのに第一報が「生まれたよ」になってしまいました(母親が連絡してくれました)。ですがその日の午後から休みを取って徳島から病院まで来てくれ、とても喜んでくれました。

会陰切開をする時間がなかったため3箇所くらい裂けてしまい、入院中は座るのがつらかったです。また、産後すぐの導尿がなく、最初のトイレが飛び上がるほど痛かったのが印象的でした。

 


生まれた当日です。ちょっと微笑んでいるみたい。

>> 続き: 出産して、赤ちゃんと実際に対面して

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